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産まれてこない権利

この頃、テレビなどメディア上で野田聖子議員やそのお子さんのお話を目や耳にする機会がしばしばありますね。
野田議員が選択した道に対していろいろ反発や違和感を持たれておられる方も多いと思います。

「先天的な障害者には産まれてこない権利がある」(最近では”障がい者”と書くメディアが増えてきましたが、これも無意味な言葉狩りですね、、、)と子ども自身が苦渋に満ちた人生が損害であり、それを避けるための適切な情報を出産前に親に与えなかったとして医師に損害賠償を求めることを”ロングフルライフ(wrongful life)訴訟と言います。(親が求める場合は”ロングフルバース(wrongful birth)”)
フランスの最高裁では2001年にダウン症候群の子供に産まれてこない権利を認め、医師に損害賠償を命じており非常に物議をかもしました。

しかしこのような訴訟は「健常者以外は産まれてこない方がよい」という考えにもつながりやすく、また「あなたは産まれない方がよかった」と判断されることは本人はもちろん障害を持つ人すべての存在意義を否定しかねず大半の国では訴訟自体が受理されていないようです。

だがイスラエルでは障害を持つ子供が生涯にわたる補償を求めて医師を訴える裁判が増加しているそうで、子供側の勝訴がいくつか確定しており更に数件の勝訴が見込まれています。

このような状況を招いた背景として高度に進歩した出生前検査や生殖医療、延命のための医療技術そして社会の産業化などが挙げられます。
一昔前の日本の農村ならそういった子供が産まれてきた時点で「労働力にならない」として問答無用で命を絶たれることが当たり前でありました。それはもちろん現代の倫理観に照らして非難されるべきことではなく、自分たちが生きていくためのこととしてしょうがないことであったでしょう。

著書「五体不満足」で知られる乙武さんは「障害は不便です。でも不幸ではない」とおっしゃっていました。
でも私の以前通っていた鍼灸学校におられた若い頃に視力を失われた先生は「それはあくまでも綺麗ごとだよね」ともおっしゃっていました。
すべてはその人の置かれた境遇や考え方などによって変わるものです。だから今回のロングフルライフ訴訟の件に関しても本来”正解”と呼べるものはありません。
できればどのような境遇の人間であっても自分なりの道を見出し、「自分は幸せである」と胸を張って言える社会を作り上げることこそが究極的な理想なのではないかと自分は思います。



きりん堂鍼灸治療院
http://kirindoh-harikyu.holy.jp/
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